たほ日記

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劇場版 うたの☆プリンスさまっ♪ マジLOVEキングダム を観て(ほぼ詩)

残業後の帰り道、夜風に当たりながら音楽を聴いて歩いているとシャッフルで「夢追人へのSymphony」が流れて、目にうっすら涙が溜まった。いてもたってもいられなくて帰宅直後、レモンサワー片手にこれを書いている。

思えばtwitterやブログを立ち上げたのも、うたプリへの思いが日常生活では堰き止められなかったことが始まりだった。そこから人間関係はがらっと変わり、うたプリ中心の生活で私の人生の軌道も大きく変化し、今が形成されたと言っても過言ではない。

そして、そのこれまでの熱中ぶりに一つの答えとして、劇場版があったのだと思う。

本当に気持ち悪いことを言うけど、やっぱり私がちゃんと確信できる「愛」ってここにしかないとマジで考えてしまうのだ。

 

うたプリには本当に「愛」っていうワードが頻出する。歌詞にしても、MCのセリフにしても。ゲームでももちろんたくさん出てくる。そのときどきには「うんうん、愛ね。はいはい」程度に受け取ってしまうのだが、劇場版でもたくさんの「愛」ってワードを聞いているうちに、「彼らが一度でも私(たち)への愛を疑ったことはなかったな」と思い知らされるような気持ちになり、目頭が熱くなった。

朝目覚めて普通におしゃれして彼の元へ会いに行くと、「もうお前のこと好きじゃないかもしれない」と言われる。そんなことがザラにある生活のなかで、いつでも「大好き」って伝えてくれる存在って、稀有でありがたくて、幸せになれる。

無理しないで、どんな君でも好きだよ、夢を追いかける君は素敵だよ、いつもありがとう…涙。

 

学生時代に心が迷走していた頃、ルミネのようなファッションビルなどに入ってカップルを見かけると「私たちこの組み合わせでセックスしてまーす」って言われているようで勝手に気分が悪くて動けなくなる瞬間があった。今思えば相当病んでいたように思うが、そんなときもうたプリの曲を聴くと精神が安定することがあった。うまく言語化できないけど、私の中の「愛」の基準が整えられ、励まされる気がしたのだ。

 

社会人になってしばらくした一時期、うたプリ(に限った話でもないのだけれども)にこんなに傾いて、心の支えにしてしまっていいのだろうかと悩んだ。もっと端的に言えばいい年してオタクやってんのってどうなんだ、という話である。そこから現実世界の愛を探しに合コンに誇張抜きで100回行ったり、男性と付き合ってみたりとした。それはそれで楽しかったときはあったが、一ノ瀬トキヤの曲を聴くと「君はそれでいいのかな?」と問われているような気がして辛くなる時があった。失恋してもう一度同じ曲を聴くと「それでも大丈夫なんだよ。おかえり」と言われているような気がして、ちょっと泣いたりもした。(※推しは寿嶺二なのだが、やっぱり曲は一ノ瀬トキヤが一番好き)

オタクなんてダサい、そんなことはわかりきっている。

でもどんな私でも受け入れてくれるような世界は今改めて周囲を見渡しても、ここにしかないような気がする。

 

昨日、二日酔いが本当に辛くて、命からがら出社したはいいものの、午前中ずっと会社のトイレで吐いていた。ちょっと早めに昼休みをもらって外に出て、コンビニのイートインで豚汁を啜った。空っぽの胃に入る豚汁が美味しくて感極まっていると、イートインの隣の席に座っている女性(すごく失礼なんだけど最初おじさんだと思った)のスマホケースが美風藍であることに気づいた。

「マジラブキングダム、良かったですよね」と心の中でつぶやきながら、この人もまたうたプリの愛に守られた幸せな女性なのだなとしみじみ思った。藍ちゃんが二日酔いでボロボロになっている私を見てため息をついている姿を想像したら胸が熱くなった。思い上がりかもしれないけど、その一瞬は私一人の体じゃないんだと感じた。