たほ日記

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不審者の告白

つい最近の出来事。私が通っているジムに、不審者が現れた。

見た目40代と思わしき女性。彼女は「ジムを見学したい」としっかりアポ電をしたあと、ジムにやってきたそうだ。私はその時間、他の人と一緒にトレーニングに勤しんでおり、彼女の顔というのははっきりと見ていない。入室してきた後ろ姿だけははっきりと覚えている。まるで就活生のような、あるいは喪服のような、そんな頼りないスーツ姿の女性だった。

一緒にトレーニングをしていた女性、ほかインストラクターのお兄ちゃんに聞いても、彼女の存在にはまるで気づかなかったと言う。私にはそれが不思議でならなかった。

なぜなら、部屋中に彼女のまくし立てる声音が響いていたのを、私はしっかりと聞いていたからだ。自らの腹筋に向き合いながら、私はずっと女の悲痛とも言える声を聞いていた。何を言っているかまでは分からなかったが、ジムの見学ごときで何をそんなに語ることがあるんだと不思議に思っていた。まさか不審者であるとは思わずに。

 

帰り際、彼女を対応していたオーナー(おじさん)に話しかけられた。「いやー、初めて不審者に出くわしてしまいました。来てたの、気づきました?」

私はもちろん気づいていたと首を縦に振り、詳細を尋ねた。オーナーの話によると、彼女はジムを見回し、開口一番「この女性たちは全員騙されている!」「あなた(オーナー)や、あの人(インストラクター)も、人を騙している!!その証拠にほら、みんな変なことを話しているわ!」と喚いたそうだ。そして一通りおかしなことを騒いだ後、最後に「あなたたちも●●(男性のフルネーム)に指示されて、こんなことをしているのね」と吐き捨て帰って言ったらしい。

オーナーは終始「いや〜〜ぼくこんなこと初めてですよ。びっくりしちゃいました。次また来たらどうしようか。たほさんも気をつけてくださいね。」と参った様子だった。インストラクターのお兄ちゃんも話を聞きながら、「俺そんな変なこと言ってたかなー(笑)」と苦笑しているのみであった。

私はその間、彼女が言及していた「●●」が何者なのか気になっていた。

そして今日、昼食をとりながら急にこのことを思い出し、検索をしてみた。

●●は非常にごくありふれた苗字で、私はまず、数年前に少し話題になったとある右翼活動家のことを連想した。しかしフルネームで検索してみると、全く見当違いであった。

●●は、いわゆる結婚詐欺師であり、しかも大手(?)なのか、彼の被害者の会のホームページまでもできている有様であった。こんなあっさりスキャンダラスな平日の昼間を過ごせるとは思わなかった私は、本腰を入れて彼のことについて調べ始め、彼に騙された女性のブログを発見するまでに至った。

詳細は伏せるが、事のあらましは以下の通りである。

被害者のAさんは、独身で寂しい毎日を過ごしている中年女性である。ある日、あまりの孤独から出会いアプリ(私も一時期登録していたものだ)を始め、●●と出会ってしまう。●●はイケメンではない(顔写真も出ている)が高収入で、レディファーストで気がきく男性。なのにちょっとメンタルが弱いところもあってAさんは好意を抱いてしまう。複数台の高級車をローテーションで乗り回したり、彼が経営しているという飲食店が実在していないなど見ていて不可解な点はあったものの、Aさんは好意ゆえにあえて目を瞑り、遂に名義貸し(厳密には違うのかもしれないが私はそう解釈した)をしてしまい、多額の金を奪われてしまう。

そこでブログの更新は止まっており、非常に続きが気になる終わり方である。最初は「書いているうちにめんどくさくなっちゃったのかな」と思ったが、よくよく更新日時を見たら、この一連の詐欺行為がほんの数ヶ月前の出来事であることに気づいてぎょっとした。近いうちに続編がリリースされることだろう。私が新年会でげえげえ吐いている間に彼女は心のどこかでは詐欺師と思っている男に入れ込んでいたことになる。純粋に地球の広さに驚いた。

もちろん、Aさん=ジムに現れた不審な女性という証拠はなく、おそらく別々の人間だろう。どちらも、●●に騙されたone of themでしかない。冷たい言い方だけど。

ブログでは●●の言動が詳細に記述されているが、赤の他人である私からしてみれば「どう考えてもこれは詐欺師やん」と思われるものばかりだ。こんなんに騙されるなんて、アホじゃないのと思うくらいに。

でも、でも、もし私が当事者になったら?完全に回避できるとは言い切れないかも。

 

ジムに現れた彼女の話を、オーナーをはじめとした全員は、狂言として捉えた。カルト宗教に毒された悲しきモンスターの叫び程度として。恵まれない中年女性の狂気として。●●に騙された?はっ、気の毒な。

 

町田康の大傑作「告白」をふと思い出した。すこぶる思弁的で、でも思ったことが言葉として外に出ないことに苛立ち苦しみ続けた熊太郎。何度も心のありのままを放出しようとするけど、失敗し、周りにバカだアホだと侮られ続ける。そんな熊太郎が最後どのようになったかは、みんな小説を読めばいい。要は、私が考えたのは、決して彼女は「不審者」としてではなく、一種の啓蒙として女性が多い場所を廻っているのではないかというひとつの仮説だ。

かと言って、じゃあたほ、お前は彼女の話を真剣に聞いてあげるんだな?と言われたら、もちろんそうは行かない。急に知らない女性が目の前で喚いたら、普通に避けるでしょ。私は決して非道ではない。いましがたの「告白」の話とも矛盾はしてない。ここに人間関係の限界があるんじゃないの?って話なんだよ。

 

あの日、オーナーは私の帰り際に「こんなご時世だから。帰り道、不審者に気をつけて。」と言い、前蹴りのコツを教えてもらった。むしろ私が気をつけるべきは結婚詐欺師じゃないのかと思ったし、結婚詐欺と気づいたときにはもう前蹴りする元気もないほどに追い詰められているだろうとも思った。

 

「寒い海でぐるぐると漂流していたら、どんな島でも見つけたら飛びつきたくなってしまうし、それがゆくゆくは自分の首を絞めてしまうだろう。孤独や苦痛、トラウマや難局ばかりに思いを馳せるから、海の温度は下がっていくのだ。つまりは、自分のいるところが暖かくて平和であることを自覚し、足るを知って生きていかなければ、足場の悪い島で座礁しかねない!!!」

 

もしジムで急にこんなことを口に出したら、私も不審者の仲間入りだろうか。

 

随分と酔っ払った状態でこの記事を書いています。以上。

町田康の「告白」はぜひ読んでください。